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SEALDsに対して世界中から非難殺到!?

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「SEALDsに対して世界中から非難殺到」という見出しを見て、「おやっ?」と思った。SEALDsに対しては、それ程の知識があるわけではないのだが、自分がイメージしていたSEALDsとは、大分かけ離れたものであったからである。

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The Wall Street Journal の記事

そもそも、非難殺到の原因となったウォール・ストリート・ジャーナルの記事とは、どんなものであったのだろう。

この記事は、Mitsuru Obeさんという日本人の方が書かれたようだ。

「安全保障関連法案」に反対するデモの中心的な存在として、SEALDsという学生の集まりがあるといった程度の内容となっており、彼らの主張をことさら批判するような内容とはなっていないようである。

彼らの行動を、戦後の反戦運動の流れの中で捕らえようとしている点、「一部の法学者に同調し、・・・同法案が・・・日本の平和憲法に違反すると主張」という記事については、違和感を感じるが、それがMitsuru Obeさんという方の見方なのであろう。

SEALDsとは?

SEALDsのホームページを見てみた。

彼らの主張は、大きく3つの柱で成り立っているようである。

  1. 立憲主義を尊重する政治
  2. 持続可能で健全な成長と公正な分配によって、人々の生活の保障を実現する政治
  3. 対話と協調に基づく平和的な外交・安全保障政策

である。

どうやら、彼らは彼らなりのビジョンを掲げ、そのビジョンに向かって行動しようとしているようである。

もちろん、ホームページに掲げられている、これらの文言のみをとって、彼らの行動を判断しようという気はない。

ただ、①の立憲主義を尊重する政治という言葉は、私の心に深く突き刺さったのである。

立憲主義とは?

ここでいう「立憲主義」とは、もちろん「近代的立憲主義」のことである。また、私は法律の専門家ではないので、私なりの立憲主義への思いを述べたい。

教科書的に言うなら、「立憲主義とは絶対君主の下での王権の権力を制限し、個人の権利・自由を保護しようというものである」ということになろう。

ただ、私が「立憲主義」という言葉を聞いて思い浮かべるのは、明治21年6月18日の枢密院における伊藤博文の演説である。

彼は、欧米における憲法について「宗教ナル者アリテ之ガ機軸ヲ爲シ」と言い、憲法というものには1000年以上に及ぶキリスト教の精神が存在していることを明言している。そのキリスト教の精神に代わるものとして「天皇制」が導入されたことは周知の事実である。

もちろん、伊藤博文が憲法を制定した背景としては、欧米列強からの侵略を食い止めるためであり、憲法自体も「形だけ」のものであったかもしれない。しかし、伊藤博文は「憲法とはどういうものか」「憲法に基づく政治とはどういうものか」そのことは理解していたと思えるのである。

それから、200以上経過した今日、戦後新しい憲法も生まれたのであるが、私たちは「憲法に基づく政治」ができているのであろうか、と自戒の念にかられるのである。

まとめ

「安全保障関連法案」については、多くの憲法学者が「違憲」であると表明している。また、法案自体も多くの問題点が指摘されている。それに対し、政府は十分な説明を尽くしたとは到底思えない。それにも拘わらず、強行採決という手段により法案の成立を図ることになってしまった。

私は、単に政府だけを批判しようとは思わない。私たちは、安全保障をはじめとする多くの問題に、余りにも無責任すぎた。多くの問題に対し、他人任せに終始してきてしまった。今、そのツケを払わされているのが、「強行採決」という形になったのかもしれない。

SEALDsの方が「立憲主義」を掲げ、何かを主張しようとしている。主張内容には問題点があるかもしれない。ただ、彼らの主張は、私たち国民一人一人に投げかけられた200年前からの「宿題」であるような気がするのである。

2013年であったと思いますが、「世界同時多発デモ」というのがありました。日本では「格差是正デモ」とかで呼ばれていたと思います。ジャーナリストの堤未果さんは、「このデモの背景には「政府は必ず嘘をつく」という精神」があるとリポートしていた。

それは、立憲主義に基づく近代国家の精神でもある。

アメリカ人記者がSEALDsの活動を見たら、また違ったレポートをしていたかもしれない。

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